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2010年5月

小豆島オリーブマラソン

5月23日

Shodo1

前日からの雨。当日の天気予報も雨ということで雨の中を走ることは避けられそうにない。 考えてみればホノルルマラソンで2回降られているし、東京マラソンも雨・・ということは俺が雨男??

前日は岡山でセミナーを受けて飲み会があったのでそのままホテルに宿泊。5時に起きて5時半にホテルを出る。新岡山港に着いたのは6時前。前回 タートルフルマラソンの時は本当に停めるところがなかったが今回は何とか確保できた。

すでに着いていたももルルのメンバーと合流して船に乗り込む。座る場所も確保できたので持ってきた折りたたみのチェアーは無用の長物となった。雨 で曇って外は全く見えない。いつの間にか船は港を出ていた。

土庄港から会場までは臨時バスであるが、これが片道840円、しかもぎゅうぎゅうに詰め込まれる。我々は立ったまま1時間揺られることになった。 料金の徴収も最前列のみでそこまで行かないといくらかわからない。何台もバスが停められる場所があるのだから並列して乗車させれば早いのに。料金は中で集 めればよいだろう。

それにしても小豆島に及ぼす経済効果を考えるとこのバスはタダでもいい。取ったとしても往復で1000円程度だろう。バスを敬遠する人が増えれば 乗用車が増えてますます渋滞することになる。有料の早いバスと無料の帰りに土産物屋を経由するバスを出すのも有りかも。

会場に着いて気になったのがトイレの少なさ。スタート時点には結構あるのだが、他にはほとんどなく「トイレ」の標識も「更衣室」の標識もない。そ の更衣室のテントは雨天を想定していない張り方で、水がだんだん溜まって最後にはいきなり水が中にぶちまかれる有様。それでなくても所々漏れているため中 は水浸し状態。

ついでに苦言を呈しておくと給水所には水しかなく、しかも水道水のみなので普段浄水器の水に慣れている者にはきわめてまずく苦痛。協賛してもらっ てスポーツドリンクかミネラルウォーターぐらい手に入れるべきだろう。

開会式のあいさつを聞いていると「雨が降っているが頑張って走りましょう!」みたいなことを言っている。まったくズレている。ここまで来た人は頑張って走るに決まっている。それよりもまずわざわざここに来てくれたことに対して感謝の気持ちを表すべきでは?

文句を言うのはこれぐらいにして・・・
スタート地点には傘を差して並ぶ。ウォーミングアップはなし。スタートする前に傘を畳んでそのあたりに置く。少々寒いが東京に比べれば楽勝。(こ の傘はうれしいことにレース後もそこにあった。)

前回加茂郷での苦杯の経験を生かし序盤は抑え気味のペースで走り、後半に少しペースアップ。結果的には1時間42分だったが、あまり練習していな い今の自分としては上等だろう。

Sちぃさんは「調子はいい」と言っていた言葉通り「3位入賞」!すごすぎる。折り返しで通り過ぎた割と早い選手の中にきれいな 人がいたのを他のももルル軍団も見逃さなかったようで帰りのフェリーで話題になっていた。

土庄港前のオーキドホテルで入浴。熱いお風呂と冷水と交互に使ったのでずいぶん疲れが取れた気がした。行きのフェリーでうどんを食べ、走り終わってそうめん、その後バスの中で弁当、帰りのフェリー乗り場でまたうどん。家に帰ると家族は「うどん」を 食べに行くと言う・・

小豆島はいいところだし来年も参加したいと思う。ただ来年はフェリーに車を乗せていくか、ジャンボタクシー利用だな。天気が良ければキャンプもあ りだろう。

雨の日も気温がそれほど低くなければ特に対策は要らないように思う。ペース配分はよかったがやはり絶対的な練習量が足らないな。しばらくは練習代 りのレースの予定がないのでさてさてどうするものか?

ところで7月のちょうど空いていた予定がサイクルエンデューロで埋まった。ここに予定を入れないでよかった。そろそろ自転車にも乗りたいので機会 があればまた誘ってほしい。

今シーズンのマラソンはこれで終了。

Shodo2

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空手道部55周年

5月4日

Handai1

大阪大学空手道部の55周年ということで大阪に行ってきた。なつかしい石橋駅に降り立つのは5年ぶりだがほとんど変わっていない。少し商店街周辺を歩いてみた。なんと、30年前よく通っていた定食屋の「入船」があるではないか!お昼時だったので入ってみると大将がそのままの姿で働いていた。残念ながら満席で時間がかかるとのことでそのまま立ち去る。向こうは覚えていないだろうが嬉しかった。

Handai2

しばらく歩くと喫茶店の「ピノキオ」がそのままある。ここは漫画がたくさんあって大盛りのカレーは本当に特大で、少しずつかき込みながら漫画を読んだものだ。その向かいの炉端「一力」は日曜日に焼き魚定食とか出してくれていて、ご飯と漬物が食べ放題だった。ずいぶんとお世話になったものだ。

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角を曲がって少し行くと「石橋温泉」が!下宿からは遠かったので普段はここの銭湯には行かなかったが時々行くことがあった。そして極めつけは坂の上り口にある「憩食堂」!当時すでに廃屋に近い佇まいがあったが、そのままの姿で存在しているのは驚きを通り越していた。

まるで変わっていないところが少しでも点在しているだけで一気に30年の月日がタイムスリップする。期待していなかっただけにとてもおもしろかった。

Handai5

構内に入るととてもきれいで昔のように学生運動のビラや宗教団体の勧誘などもない。「こんな大学に通ってみたい」と思わせるものがある。木々の緑も美しくさわやかな風が吹いていた。

会場に行ってみると学生の多さに驚く。特に女子学生が多いしマネージャーまでいるらしい。実力も僕らのころに比べるとずいぶん高いようで大会でもいい成績を残しているとのこと。

いろいろ聞いてみるとホームページで毎日の練習風景とかもオープンにしているらしい。未知のものに対しては恐れが働くが、それを取り除くことによってちょっと覗いてみようかという気になるのだろう。多くの入部があるという。多く人が集まると実力のある者、経験者も集まりよい循環が生まれているのだろう。

さて演武大会はOBがいつものようにやたら張り切っていた。試合にも果敢に挑戦して見事に敗退していた。僕より10歳も上の先輩が試合に出ていた。気合のすごさに感心、見習わなければと思う。1年上の畑中先輩はバット折に挑戦し、見事に真っ二つにしていた。

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懇親会は市内に移動して行われた。聞いてみるとカナダやアメリカから駆け付けた先輩、後輩もおり頭が下がる。みなそれぞれの人生の中で阪大空手道部で過ごした数年間がかけがえのない貴重な時間なのだろうと思った。

僕にとってはそれまでの自分の神経質な部分が見事に押しつぶされて、立派に「鈍」な人間に生まれ変わった期間だった。20人以上入った部員の中で残った同僚3人はみんなとても平凡で鈍な者たちだった。

数学者の広中 平祐先生が人生で大事なのは「運、鈍、根」だと言われていた。少々のことがあってもめげずに過剰にも反応せず鈍に前に進むのが一番だと思う。空手道部がこの後の人生の基礎を作ってくれたのに今更ながら気づきありがたいことだと思う。

さて、5年後の60周年には組手に挑戦できるかな?楽しみだ。

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